愛と力と偽善と献身と

「持っている力を使わないのは公正か?」

               ――クラリオン

(アニメ『紅殻のパンドラ』第五話より)

癩者のベッドに寝て、恋人の閨のぬくもりと同じ心の暖かみで患者を暖める――そこまで思いきれるかどうか、が最後の決着だと僕は思っている。

新潮文庫『マルテの手記』より)

・かくも世界はどうしようもなく理不尽に襲いかかる訳であって、そのなかでどうやって生きていくかという問題であって、この前再び読んだ『NHKにようこそ!』の山崎君はそこにひとつの答えを与えていた訳なのですが、さてどうしたものなのでしょうね、という話でございます。

・目に見える人の苦しみを除くために大きな力なり金なりを求めるというのはわかりやすく、夢想的で、無力なのです。

・くらりんはかわいいです。

・人はそれこそ生まれながらであったり育ちの環境であったり、自分の行いであったり偶然であったりからそれぞれの能力を得ている訳であります。他者のそれを羨むのはかってなのですが、不毛です。

・福音ちゃんは純朴な天使でした。天使とは恐怖の象徴でもありましょう。

・本当は『国体論及び純正社会主義』の麺麭屑の一節も引用しようと思ったのですが、みつけられなかったのでやめました。

・私は「偽善」が嫌いです。けれど何が偽善なのかわかりません。

・駅前で募金を呼びかけている大学生などを見ると、それは違う、そういう気がしてならないのです。――「能力」の話はここで繫がっています。

・巫女さん巫女さん言っているのは『シャングリラ』の人柱の少女だとか『山椒大夫』の安寿姫だとかに見た「献身」を純化させてしまっているという部分が大きいです。けれど献身ってなんでしょう? 死ぬことでしょうか?

・無償の愛とはいいますが、それは人間に可能でしょうか? それとも神になることによって可能となるのでしょうか?

・献身とは性的倒錯とかわらないのではないですか。

・結局は自分のその力を思い思いに使うべきなのでしょう。たぶん自分が納得することが大事なのです。


<以下追記>

・我々は「掠奪」しているのでしょうか。

・さて例えばここにある一枚百円のチョコレートはアフリカなりのどこかで児童労働の成果としてできたものなのかもしれません。
以前テレビ番組でカカオ農家で働く子供達にチョコレートをもっていって食べさせるシーンを見た気がしますが、これをあなたは肯定しますか、それとも否定しますか。

・そこには笑顔がありましょう。けれど根本的にかれらから掠奪しているからこそかれらはチョコレートを食べたことすらないのでしょう。

・格差の是正だとか言うとき、さて私ひとりはそれに耐えられるのでしょうか。世界の富を全部足して一人一人に平等に割り振っていったとき、そこにあるのは今のような生活ではないでしょう。奴隷の上にローマの民主制が成り立っていたように、搾取の上に我々の生活があるのは部分的な真実でしょう。

・とはいっても、そう考えたとき、我々はどうすればよいのでしょうか。どうすれば道徳に悖らないのでしょうか? そんなことが可能ですか?

・でも、どうしても欺瞞的にしかみえないのです。ユニセフの「チャイルドスポンサーシップ」のCMなど、見てはとても気分が悪くなるのです。

<以上追記>

土井晩翠「金華山より太平洋を望みて」の紹介

土井晩翠*1の詩の紹介です。
最近、世界各地でいろいろな事件が起きていますが、その報を聞く度になにかとこの詩の一節が心に浮かぶのです。
ですが、どうもこの詩はあまり有名ではないようで(長いですしね)、青空文庫にもなかったので頑張って入力してみました。

元にした本は岩波文庫の『晩翠詩抄』です。興味が湧いたら読んでみると良いと思います*2

この詩は『曙光』という詩集に収められていたもので、遠い欧洲で繰り広げられる第一次大戦の惨禍を歌っています。

金華山より太平洋を望みて


   世界大戦争の初まりし大正三年の十一月一日中島、林の
   両教授及び科学部員二十余人と共に金華山頂にのぼりて


     一


太平洋の秋の波を見おろす一千五百尺、
金華霊山(きんくわれいざん)頂の風わが思を遠く吹く。


「王城去りて一千里、王化洽き東奥の
山黄金(わうごん)を奉る」史上の声は遠けれど、
隔つる波の荒うして名山未だ人界に
広く知られず、神仙の府と想像の空にのみ、
たゞ雲霓(うんげい)の明滅を盲(めしひ)の思ふ如くして
此日此秋此年にわれ霊境の秘に参(さん)ず。


蓊鬱たりや千年の古木喬松枝しげく、
三峡の夜にあらなくに、哀猿耳を貫きて
森より鹿の立つところ時に潺湲(せんくわん)の水わたり、
喘ぎて上る羊腸の險路つくせば忽として
眸にうつる渺々の水か鏡か太平洋。


あゝ大(おほい)なる太平洋、
干潮満潮互いに月球の呼吸につれ、
大宇宙の荘厳の曲の一律洋々の
波浪と成りて帝国の岸を洗へる二千歳、
不死の仙郷、秦皇の夢見し処はたこゝか、
時劫の波は永く巻き、黄金国の名に酔ひて
西の海客潮分けしその春秋も遠ざかる。


さなり春秋遠ざかり時劫の波は捲きされば、
知は大塊のはてを窮め理は幻楼を砕きさりて
三山六驁(さんざんろくごう)跡なきもおほいなる哉太平洋。


赤道帯の南北(みなみきた)みどりの波の幾千里、
靺鞨の岸、黒竜の水入る処、寒潮の
烟に月の眠る処、貿易風の吹きあふる
暖潮に魚の飛ぶ処、時を同じく寒熱の
季節の変を幾何か巨洋の浪は眺むるや。


     二


日出づる国の東奥のこゝ今金華霊山の
天は正しく秋なかば、松の翠も満山の
紅葉(もみぢ)の栄も一斉に皆白帝の夜を語る。


青螺幾百、一湾の波しづかなる千松島
向ふ牡鹿の半島の山遮りて見え分かず、
こなた近くの群島の蔭、人は曰ふ、月が浦、
一葉むかし南欧の都をさしし門出(かどで)の地、
孤雲幾片(こうんいくへん)悠々の空に泛ぶを望みしや、
其地其波其雲はむかし乍らの秋にして。


あゝ襟正(えりただ)す粛清の秋の山また秋の海、
長く嘯き天梯を攀づるが如く恍として
大自然のふところに休らふものは我か人か、
主観客観混じとけて一切言句(いっさいごんく)の領を去り
塵骸しばし太清の秋の光に涵さるゝ。


     三


さもあらばあれ空間(くうかん)の薄膜(うすまく)裂かば夕陽の
落行く天の遠きあなた欧の中原(ちゅうげん)戦雲(せんうん)の
渦巻きわたる悽愴の姿、日月(じつげつ)また泣かむ。


痛ましい哉百年の禍永く伏す処、
欧の東南ボスニヤの雲蒸(む)す夏の六月の
空に運命の詛(のろひ)の手放ちし丸の響より、
西に東に大陸の表は修羅の市となり
天上はたまた轟雷を飛ばす数群の大怪鳥(けてう)、
海上ひとしく鋼鉄の百の妖鯨火を吐けり。
リエージ、ナミユル陥りてチユウトンの族二百万、
颶風のごとく霹靂を地上に駆りてあれ狂ひ、
ミユーズ、オアーズ、エーンヌの流れのほとり聯合の
軍(ぐん)大波の打つごとく、東方更にガリシヤに
スラブの強兵数百万、数も伯仲独墺の
大軍ひとしく雄叫びて進退怒潮に似ると聞く。


江流秋に咽ぶ時水は暗紅の悲か、
落月雲より覘く時呻吟の声たえ/\゛か
北地或は寒早く飛雷天地を巻く処
殺気大荒に漲りて砲烟こほりて散らざるか。


あゝ黄金の巴里の首府、満場綺羅の粧は
今悉く憂愁の色に包まれ文芸の
花も色なくうち枯れて只驚惶の影ならむ、
ノートルダムの聖塔は無惨の砲に傷つきぬ、
アンワリイドの墳の中百年の昔列国を
敵に運命試みし英霊何の夢結ぶ。
火山砕けて降る如き巨砲の猛威鉄塞を
微塵となしてベルギイの仮の都をつんざきぬ。
海峡のあなた大川の流れを帯びて儼として
豪富に誇るアルビヨンの大都も秋を感ずるや、
リンデン樹下の逍遙も今は見はてぬ夢のあと。


     四


遙かに思ふかんばしき「地上の星」の毒汁に
枯死する如く歴代の精を集めて培ひし
文化の華は戦乱のあらし忽ち吹き砕き、
秋万頃の豊かなる畑は屍体の収穫か。
天の光明共に受くる無数のやから「民族」と
「国」の名のため仇なくて仇と互に攻めにじり
炎々の火に白蠟の熔くるが如く消去るか。


榴散弾の雨の下、影も留めず砕け散り、
或は千仞蒼溟の底に白骨漂(さら)し去り、
或は利剣の錆となり或は星泣き月むせぶ
夜半に焼かれて青燐の寒きを残す牲(にへ)幾万、
中に紅顔の春の盛さうび恥じらふ色あらむ、
生立ち行かば一世の光たるべき導きも、
織らば錦繍の筆のあや、染めなば虹霓の影のにほひ、
或は学海底深く潜める真珠探る身も。


其兵乱のくるほひの魔界の暗に似る処、
泥土の中ににじらるゝ花の姿を思ひ見よ、
流弾目なく胎の子と共に斃るゝ母あらむ、
東西しらぬ幼子(おさなご)の四肢砕かるゝ惨あらむ。
逃るゝものも一切の宝を宿を失ひて
此厳霜の鞭に泣き此惨烈の飢に泣く。
それはた天か人界の正に受くべき運命か。


     五


運命爾(なんぢ)の神秘なる被衣(かつぎ)誰かは剝ぎとらむ、
東亜の空の運命の明日(あす)亦たれか測り知る。
大戦乱の一波瀾太平洋に伝はりて
渤海の岸青島に今皇軍の進む見る、
孤軍外より援なき要塞程なく倒るべく、
水は濃藍南洋の天、亦光る旗とばむ。
是より東洋日に多事に又甘眠の時あらじ、
轟雷未だ聞かずとも既に閃電の火は映る。


あゝ漫々の太平洋、波は隔つる三千里、
金門峡の星の旗閃く処秋いかに、
西の隣邦人ありて今同文の秘を知るや、
黒竜の水北辰の光は常にやさしきか、
恒河五天の夕ぐれの秋澄みわたるいつ迄ぞ。
機は風雲の変に似て形勢次第に推し移る――
其大局を玲瓏の心の鏡写し得て
経綸の策誤たず、二千余年の帝の邦
わが極東の光明を放て、――亜細亜の暗は足る。


     六


鳴呼霊山の頂の秋逍遙のわかき友、
その紅頰は豊かなる望の春の曙か、
来る東亜の運命を双の肩の上荷ふもの、
「列強の中、一流」の虚名に迷ふこと勿れ。
野人自尊の醜きを自らさらすこと勿れ。
爾の眼(まみ)を光明に開き世界に知を探せ、
黴(かび)と錆(さび)とを心より剣より拭へ、陋習の
朽ちしを棄てよ、新たなる酒は新たの器(き)に注げ。
迷夢久しく妄影の身にまとはるを斬り払へ。
深きに入るは精に因り聖きを知るはたゞ誠、
四海あまねく照すべき偉大の想と芸術と
科学となくば邦国の光栄遂に何の意ぞ。
心霊の力尽くるなくおほいなるもの我にあり、
起ちて世界の文明の潮新たに捲き返し
太平洋の朝波に新たの歌を呼ばしめよ。


     七


鳴呼金華山、千歳の昔に聞きし黄金は
今其胸に空しとも霊境永く霊ありて
無声の教登臨の子にとこしへに施すか。
感謝を受けよ、名山の鎮むる処東海の
此邦永く愛すべく此民永く頼むべし。


秋や漸く深うして今満山のくれなゐの
錦繍やがて雨と散り驚颷(きょうたん)空にうづまきて
万物悉く枯れ果つる其の惨悽の時去らば
春や再び回(かへ)らざらむや。
雲今帰れ碧海の夕、
風今睡れ青天の限(かぎり)、
落つる日五彩の虹霓を染めて
烟波夢むる遠きあなた
大円輪の影を隠すも
金波しづかに曙光に笑みて
光栄の太陽また明日(あす)を照らさむ。

七五調の調べが心地良いです。

実はこの文庫本の最後に載っている解説には、晩翠の詩は内容がないとかわりと酷評されているのですが、それでも、私としてはこういうものも好きです*3

……この歌は、遠い欧洲の戦争を思い浮かべて書かれています。ニュースで伝えられるものから推察したのでしょう。
世の中には戦争を実体験した人が残した文学作品が多数ありますが、戦争など想像の世界の中でしかない私には、このような想起のなかの戦争のほうが、身近に感じられるのかも知れません。
ニュースを聞いて得る、そのままでは言葉にならず消えていく感情が、このような歌の文句が思い浮かぶことで、形として認識しやすくなり、感じるのではないでしょうか。


「あゝ黄金の巴里の首府、満場綺羅の粧は/今悉く憂愁の色に包まれ文芸の/花も色なくうち枯れて只驚惶の影ならむ。」
今や巴里の街は非常事態宣言のなか、武装した警官がそこらじゅうに立って目を光らせているとか聞きます。

他にも世界では、テロ事件であったり、内戦であったり、国同士の諍いであったりと、それでたくさんの人が日々死んでいることが伝えられます。

「機は風雲の変に似て形勢次第に推し移る――/其大局を玲瓏の心の鏡写し得て/経綸の策誤たず、」
この詩もそうですが、第一次世界大戦の間や後、欧洲の悲哀を目の当たりにして、我が国も一歩間違えたら同じ目に遭ってしまうという危機感、そうならないようにしなければならない、という意見を表す文が書かれました。

そしてそういう文章を読むにつけ、その後の第二次大戦、日本帝国の破滅を知るものとしては苦しくなる訳です。
どうしてああなっちゃったんだろう、……「お疲れ様会」ですね。

でも、戦争は当事者でないほうが理性的に見られるものだと思います。
復習の思いに駆られれば、普段なら見えているはずのものも見えなくなるでしょう。
日本は直接戦争に参加している訳でもなければ、日本でテロ事件が起きている訳でもない、「他人事でいられる」今のようなときこそ、冷静に考えることのできる好機だと思うのです。


…………なんか政治批評みたいなものを書いてしまいました。失敗。
「この詩はいいですよ」と紹介するだけなのに、「なんで良いと思うのだろう」と変に理由を考えてしまったのがいけないですね。
それこそ「ガルパンはいいぞ」みたいにいっておくだけのほうが良いのかも知れません。

――「列強の中、一流」の虚名に迷ふこと勿れ。

*1:一番有名な作品は「荒城の月」だと思います。

*2:どこの本屋にも置いてあるというような本ではありませんが、少なくとも今調べた限りではインターネットでも入手できそうです。

*3:いかにも旧制高校生が好みそうとかも書いてあってまさにその通りという感じ

Airに寄せて

ニコニコでのAirアニメ版一挙放送のタイムシフトを見終えたので。
今の思いの幾分かをあらわすかけらを形として残しておくために。



こうして鍵盤を打って出てきた文字にしてしまうと中性化してしまう気がしたので、さっき喫茶店で書き殴ったものをそのまま載せておきます。
例の如くネタバレしかないので話を知らない方は閉じて下さい。

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ちょっと冷静な離れた目から見ると、よくできたアニメだなぁとか思えることもあるのです。
第二話あたりの時点で気付いたら夏のあの村の空気の中に入り込んでいるのです。
あの、幼い日の、夏休みの空気の中に……


でもそんなのはどうでもいいのです…… 主観的感情で十分です。


涙を流すような物語を読んだ、観たあとにはだいたい情緒不安定になってノートに萬年筆で心情を吐露する癖があるのですが、なにかしら昔読んだものが頭に浮かんで、それでいろいろ考えてしまいます。
さっき思い浮かんだのはマルテの手記の一節でした。正確にはそこに引かれたボードレールの詩。
「そして、爾、主なる神よ、ねがわくは聖寵を授けたもうて、佳き数行の詩を僕の手にならしめたまえ。せめて僕が人間最末の者ではなく、僕の侮蔑する人々よりも更に劣れる者でないことを、僕自身にあかしする態の数行の佳き詩を書かしめたまえ」
前はこれに共感したものでした。
でも、この劇をみたあとには、そんなのは欲張りに過ぎたと思えたのでした。

人間最末であってなにが悪かろうか。
喜びの内に生きていれば十分ではないか。
それ以上、自身が特別であることをどうして願う?
承認の問題かも知れないけれど、自分が特別な能力を持っているからと承認してくれる人のなにが嬉しいか。

そういうことなのではないか、と。
それがいまの思いです。

今何をしているのだろう

うーん。
自分は何をしているんだろうと思うことが最近多いですね。
浪人時代なんかはそれこそ受験勉強をしておけばそれでいいという雰囲気があったのである意味楽だったのかも知れません。
一方今は微妙に自由ですからね。
まったく、日々自分の駄目さに落ち込んだり、今自分はこんな事をしていていいんだろうかという気になったりするわけです。
自由からの逃走? 仕組まれた自由に気付かずにこんな日々も終わる訳ですね。うん、意味が分からない。

学生なのでまあ勉強することが仕事みたいな節はあって、勉強をしないといけません。
少しだけバイトをやって気付いたことには、バイトなんてしている時間、やっぱり自分は時間を勉強に費やしたいなと思ったのです。
結局勉強する気が起きなくてだらだらしたりする毎日なのですがね。

勉強…… うーっ。

整理してみよう。
今とっている科目を列挙してみると、ラテン語A、集合・位相論とその演習、電磁気学B、物理学情報処理論2、線型代数学続論、振動波動論、解析力学Iとその演習、幾何学Iと幾何学演義I、解析学I、現代文明Iあとエレクトロニクス。
ラテン語とエレクトロニクスの単位は諦めた。幾何学演義も最低点で単位がもらえるだけ発表して行かなくなった。解析力学演習も問題も解かずにたまに出席しては出席簿に丸を付けて本を読んだりしているだけ。
集合位相論と解析力学はまあわかるしいいやとか思って出席しなくなった。
結局一日平均で2コマくらいしか出席していないわけだ。
それでも大学行きたくなとか言っていてあれである。
しかもたまに休んでしまう。

先輩の昔書いたブログなんかを読むと一回生の内は大学に行けていたけれど二回生から行けなくなったという記述をよくみた。
まさにそんなふうになっている。
大学に行くのに向いていないとかいう気になる。
専門科目の授業のある理学部六号館に行くのはまだいいのだけれど、線型続論のある4共なんかには入るのが苦痛という感情しか抱けなくなった。
どうして去年は普通にあそこで幾つもの授業を受けていられたのか不思議である。
吉田南動物園とはよく言ったものだ。
東大だと駒場幼稚園とかいうらしいけれど、京大の場合は離れているわけではない。
まあそれが低学年の内は嬉しいのだけれど。いつでも上回生配当科目に潜りにいけるしRIMSとかにもすぐ行ける。
……あれ、なんかですます調じゃなくなっていますね。まあいっか。

普通に就職することが目標なら適当に最低限の勉強だけして単位を取って、勉強以外のことに時間を割くというのもありだと思うのです。
あまり授業には出ずにプログラミングバイトでITスキルを高めまくっている先輩方とかを見るとすごいな、と思う訳です。

去年は普通に単位をとりまくったので、卒業するだけならけっこう余裕はあるはずです。
今計算してみたら、今期の単位がもし放棄したもの以外全部揃えばあとは唯一の必修科目である課題研究のほかは英語1単位と専門科目14単位とで卒業要件を満たせるわけです。
そうすると三回生で一切授業をとらなくても卒業は余裕でできそうだな、とか。

でもそれじゃダメなんですよね。
研究職を目指す以上は勉強するほか無い訳です。
いや、授業に興味が持てないというひとにくらべれば、興味ある分野の勉強が授業でできるのは願ったり叶ったりのはずなんですよ。
今までの処はある種目指す道にちゃんと進めてきているのです。

ならなんでこんなことになっているのでしょうね??
たぶん素論をやりたいと思って大学に来たと思うのですが、かっちりと決めていた訳ではないので揺らいでいるというところもあるのでしょう。
素論なんてよほど優秀じゃないと無理って感じだし、そもそも未来があるのかって話なんですよ。

それなりに安定した未来を指向するならばたぶん物性になると思うのですが、如何せん各論的なことにあまり興味が持てないなと感じています。
ものが実際に目に見えてできるといういのも好きなのですが、やはり普遍理論への憧れが先立つと言いますか。

あと数学をどれだけやるのかというのも問題ですよね。
幾何学解析学の授業を受けているぶんには楽しいです。
新しい概念や思考法がいっぱいみられる。
でもしっかり勉強するのは大変なんですよね。
理論物理に必要だからと数学をやりはじめたら果てしないし、もう無理って感じになるのです。
しかも基礎がガバガバなんですよね……
前述の理由により線型続論の授業に行かなくなった結果線型代数が全然分かっていません。あと微積も。
自力でやる気が起きない高度な数学を先にやっておこうと微積続論(微分方程式やベクトル解析)の授業を取らずにこんな時間割を組んでしまったことがあって。
あと全然物理やっていませんしね。
ちょうど二回生前期は物理科目が少ないので先に数学やっておこうと思った結果でしたが、ちょっと不安になったり。
これも半年前くらいに色々考えた結果な筈なので、何か言うべきではないし、周りをみて焦ったりするのは良くないのだと思ってはいます。

うん、散漫になってきた。気力が潰えたのでこのへんでやめましょう。
とりあえず。一歩ずつ進めていくしかないのは分かっているのです。
はい。

旧字フォントをつくった

IPAexフォントからこの旧字(正字)フォントを作ったときの方法を簡単に紹介します。

といっても、難しいことは何もしていません。実はIPAexフォントはもとから旧字の情報を持っているのです。
どういうことかといいますと、TTFフォントには内部にGSUB(たぶんGlyph Substituteの略)テーブルというものを持っていまして、そこに所謂新字体と旧字体の対応が書かれているのです。
これによって、ソフトウェアによってはそこの情報を読み取って全ての文字を旧字体にするといったことが簡単にできるようになっています。

が、ソフトウェアによってと書いたとおり、それを出来るソフトウェアはほとんどありません。詳しくは知りませんが、Adobe Indesignのようなプロ向けの(高価な)DTPソフトくらいだと思います。
そこで、このテーブルに載っている情報を元に、新字体のグリフを旧字体のものに置き換えてしまうことで、どのような環境でも旧字体で表示するフォントを作りました。

私はブラウザの表示フォントをこれに指定しているのですが、使っていて結構便利です(便利とは一体)

・例えば大学のサイトを見に行ったら、おおーかっこいい、となったりします(流体物理学研究室 | Kyoto University, Department of Physics)。
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なお、GSUBテーブルというとあまり耳慣れないかも知れませんが、実は縦書きの際に文字の形が変わるというのはこの機能を使って実現されています。
そもそも、もともとこんなフォントを作ろうと思ったのは、全ての文字を縦書き字形に置き換えたフォントを作ろうとしたためです。

私はサークル(KMC)のslack上で「はんこbot」なる、受け取った文字列をはんこ状に配置した画像を生成するbotを作りました。
ただ、imagemagickを使っていたために縦書き字形で表示することが出来ませんでした。
で、どうするのかと考えた結果、フォント自体を弄ってしまえばいいと気付いて、少しFontforgeスクリプトの書き方を調べ、縦書き字形フォントを作りました。
そしてそれを応用すれば旧字フォントが作れると気付いて、旧字フォントもついでに作ったのでした。

・はんこbotがちゃんと縦書きの字形(長音符など)を表示している例
f:id:suzusime:20160417004043p:plain


さて、肝心の作り方ですが、FontForgepythonの使えるコンピュータ上で次のようなスクリプトをipaexm.ttfと同じディレクトリで実行するだけです(実行は `$ fontforge -script hoge.py` )。

# -*- coding: utf-8 -*-
import fontforge;

sfn=fontforge.open("ipaexm.ttf")

sblist=[] #置換するグリフリスト
glyphs=sfn.glyphs()
for item in glyphs:
    table=item.getPosSub("'trad' 旧字体 lookup 19 subtable")
    if len(table) != 0:
        sblist.append( (item.glyphname, table[0][2]) )

nfn=sfn #新しいフォントオブジェクト
for item in sblist:
    sfn.selection.select(item[1])
    sfn.copy()
    nfn.selection.select(item[0])
    nfn.paste()

#名前の設定
nfn.fontname="Hanyu1MinchoR"
nfn.fullname="Hanyu1MinchoRegular"
nfn.familyname="Hanyu1Mincho"
#保存
nfn.save("hanyu1min.sfd") #sfdファイルを保存する
nfn.generate("ipaexm_trad.ttf", bitmap_type="", flags=('opentype')) #ttfフォントを出力する

……だったら良かったのですが、実は私の環境(debian 8)では最後のttfフォントの生成がうまくいきませんでした。
そこでsfdファイル(中間ファイル)を出力し(下から二行目)、そのsfdファイルを別PC(Windows)のFontForgeのほうで開いてttfフォントを出力すればうまくいきました。
たぶん最初の環境ではFontForgeのバージョンが古かったとかそういうことだと思うのですがよく分からないです。

ちなみに縦書きフォントを作りたいときは(サブ)テーブルの名前として "'trad' 旧字体 lookup 19 subtable" の代わりに "'vert' 縦書き字形【廃止】 lookup 0 subtable" を指定すれば良いです。
このあたりの情報はGUIFontForgeでIPAex明朝を開いて調べました。なお、フォントによってテーブルの名前は異なります。

FontForgeで使えるスクリプトは独自のスクリプトpythonがありますが、どちらもほぼ初見だったので、どうせなら汎用性が高い方ということでpythonを選びました。

このフォントの問題点としては、自分が旧字と思っているものでも旧字として扱われないことがあることでしょうか。例えば「真」と「眞」とか。IPAexフォントを作った人の考え方に依存しているので仕方がないことですが。
本当は自力で変換テーブルを作れば良いわけですが、そこまでのやる気はないかなぁと(ちなみにそういうフォントは五月雨明朝(梅雨空文庫)や馬酔木明朝(
旧字フォント 馬酔木明朝)などいくつかあるみたいです)。

今回はまあFontForgeスクリプトでお手軽にフォント編集できるよ、ということでひとつ。

Pietサーバーの建立を手伝った話

私の入っているサークルKMC(京大マイコンクラブ)はエイプリルフール企画として「KMCはKPC(京大Pietクラブ)に改名しました」というものをやりました。
kmc.hatenablog.jp

その中でPietでサーバーを立てるというものがあり、それを手伝うことになったので、何をしたかを書いておこうと思います。
なお、最終的に立ち上がったPietサーバーはこちらです→ http://april-2016.kmc.gr.jp/ (本日限定)

前日まで

KMCでは毎年エイプリルフール企画をしていたようなのですが、今年の企画が形になったのは3日前のことだったらしいです。
私はKMC部員で在りながらPietがわからない(!)ので、「大変そうだなー」と思いながらPietを打つひとたちを眺めていました。
したことといえば、UTF-8の文字列しか吐けないPietで如何にPNGバイナリを返すかということについての相談に乗ったくらいです。コードは一行も書いていません。
(なお、結局それは無理と言うことでbase64エンコーディングしたPNG画像を返すことになりました。先程のアドレスにアクセスしてソースを表示してみるとその苦労の跡がわかるかと思います)


で、なんとか間に合って公開されたーというのを自宅からサークルのSlackで見て、お疲れ様、と思いつつ寝ようかとしていたのでした。

応召

が、Pietサーバーには問題がありました。
重いのです。
最初に公開したものでは繫がってからPNG画像を返すまでが約8秒とのこと。しかもそれは運が良かったときのみで、たいていは「502 Bad Gateway」を返すという状況でした。
で、
f:id:suzusime:20160401165124p:plain
ということで、「まじかー」とか呟きながら小雨降る今出川通りを自転車で駆け下りて部室に急行したのです。

補足をすると、駆逐艦というのは部室にある同じ型のPC群のことで、それぞれAbukuma、Inazuma、Ikazuchi、Hibiki、Akatsukiという名前が付いています。今回は(まともに使われていない)これらを動員してPietサーバーの負荷を分散させようという話でした。
で、それらのうちAbukumaとInazumaには私が「普通にUbuntuとかDebianだと面白くないし~」とかいってScientific Linux 7.1を入れていた訳です(他の駆逐艦にはUbuntuが入っていました)。はい、自業自得ですね。Scientific Linuxがよくわからんとかいわれたら行くしかない。

うーん、深夜0時に呼び出される学生サークルKMC、やばいですね!
深夜に呼び出されるとか良く聞くインフラエンジニア力が鍛えられます。

IP固定

まずやってほしいと言われたのがAbukumaのIP固定です。Inazumaのほうは前からサーバーとして動かしていたのでIPが固定されていたのですが、Abukumaのほうはサーバーとして動かすつもりがなかったのでそんなことはしていなかったのです。ならそんなOSを突っ込むなって話ですね。
というわけで、

# nmtui

で便利なTUIを使ってIPアドレスゲートウェイDNSサーバーを設定して、

# systemctl restart network.service

で再起動という作業を、(よくわかっていないまま勘で適当に設定して動かなかったので)何度か繰り返しました。ゲートウェイってなんだっけとかいってたので、最後はInazumaのほうの設定を見る始末。
それでちゃんと設定したはずなのに、何故か上手くいきません。ネットの接続テストに「阿武隈 - 艦これWiki」に繫がるかどうかを使っていたのですが、network.serviceを再起動した瞬間だけ繫がって、しかしすぐにまた切れる……
なんだこれと言っていたのですが、隣でAkatsukiにロードバランサを立てるべく頑張っていたwass80君がみて、IPが競合していることを見抜きました。意思疎通をミスって他のマシンと同じIPに固定していたのでした。一瞬で見抜けるのすごい。
それで無事IPが固定されました(すぐできると思っていたのに意外と長かった)。

Pietサーバーを立てる

全体の構成は次の通り。
まずAkatukiがfrontになって外からの要求を受け、nginxが良い感じにこれらを分散させてbackの三台(Abukuma、Inazuma、Hibiki)に立ったPietサーバーに転送します。
Akatukiのほうの設定はwass80君が頑張ってくれていたので、私の任務はbackのほうにPietサーバーを立てることでした。
が、wassがdockerのファイルを作ってくれていたので、dockerをインストールして

$ docker run --rm -p 80:18080 -it wass80/piet-server ./server.sh

とすれば一瞬でサーバーが立ちました。
これを3つのサーバーでやって、はい、おしまい!
Akatsukiの設定も終わったようなのでこれでできた! 帰れる!


……というわけにはいきませんでした。

謎のサイトにとばされる

ちゃんと立ったはずのPietサーバー、しかし、Akatsukiの80番ポートに繫ぐと何故か謎の海外サイトに飛ばされる…… ローカルIPへの転送設定しかしていないはずなのに…!
wassが頑張って調べていましたし、遠隔で強い人たちがみてくれていたのですが、よくわからず……

私は微妙に手持ちぶさたになっていたので、Abukumaのほうに代わりにfrontを立ててみようとしました。
……nginxがWebサーバーだということすら今日まで知らなかったのですがね。
www.saintsouth.net
この辺りの文書を適当に読んで適当に設定しました。
そしてlocalhostに繫いでみたら、なんかうまくサーバーが立っているようでした。

それで、AkatsukiではなくAbukumaのほうをfrontにするように方針転換し、遠隔で部内DNSの向きを変えてもらいました。

世界に公開したい

が、Akatsuki以外の部室のPCから、一回繫がったはずなのに、なぜかまた繫がらなくなります(前のキャッシュが残っていた説が有力)。
ここでファイアウォールがあることを思い出したので、

# firewall-cmd --permanent --zone=public --add-service=http
# firewall-cmd --reload

してみると、部室内からは http://april-2016.kmc.gr.jp/ に繫ぐと正しく画像が返ってくるようになりました。

しかしまだ、部室外からは502エラーしかみられませんでした。ただ、ふつうの502エラーではなくカスタマイズした502エラーページが表示されていたので、どうも部室までは辿れているらしい、とわかります。が、なぜそうなるのかが分からず。

しばし悩みましたが、遠隔でみてくださった先輩から情報が。
外から http://april-2016.kmc.gr.jp/ にアクセスしたときに先につながる、部室の別のサーバーのnginxの設定が、もとのAkatsukiに飛ばすようになったままだったのです。
部室内からアクセスするときは内部のDNSでAbukumaに飛ぶようになっていたので繫がっていました。
別サーバーのnginxから呼び出していることを完全に失念していた為のミスでした……

これで、めでたくPietサーバーは世界に再公開されることになりました。





この最後のツイートが、そのときのものです。約6時間、長い戦いでした。

結果として、Pietサーバーにアクセスすると、5秒以内くらいには画像が返ってくるようになりました。速い! 最高!!!
たかがWebサーバーに物理サーバー4台も要求するなんてPietはクソ。

まとめ


この一言に尽きる気がしました。

まあnginxは結構簡単にWebサーバーを立てられることが分かったので良かったです。好きでやっている分にはデスマも楽しい。あと林檎ジュースおいしかった。

世の中ではいろんな会社のひとが、もっと大変なことをやっていたんだろうなぁ……と思いつつ。

岐阜春景

旅行っぽいことをしたのでその記録。

経緯



ネットで岐阜羽島を調べたら在来線の駅はなくて大丈夫かなと思ったが、岐阜羽島で途中下車すると岐阜から再入場できるとWikipediaにあったので適当に信じていくことにした(基本的に東海道線東海道新幹線は同じ路線という扱いなので新幹線の乗車券で在来線に乗っても良い)。

岐阜羽島

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このあとも岐阜市内でたくさんのパトカーを見た。サミットのための警備だという警官は話していたが、それが伊勢志摩サミットのことを指しているならばあと二ヶ月もこれを続けるということだから大変な話である。
警官に、京都に行く途中に岐阜でちょっと観光でもしようとしていると話したところ、岐阜城にでも行ってみると良いといわれたので行ってみることにした。この時点で美濃赤坂線は別に良いかという気分になっていた。
名鉄名鉄岐阜駅まで行く。笠松行きだったので終点笠松で乗り換えて特急で一駅。特別車と一般車という謎の案内があり、そもそも特急に無料に乗れるのかすら謎だったが、指定席の特別車だけ有料という仕組みだと放送があった。英訳で一般車がNon-Reservedなら自由席・指定席でいいじゃんと思ったり。ここに限らず、私鉄の特急は各社で無料か有料かまちまちで初見では難しいなぁと。

名鉄羽島線新羽島駅より岐阜羽島駅を望む
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二両編成で地方の私鉄だなぁという感じ
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岐阜

名鉄岐阜駅のなかで岐阜市観光案内地図を見つけたのでそれを手に街へ繰り出す。
長良川とそのそばに聳え立つ金華山岐阜城のある山)を撮った写真が載っていて綺麗だったのでこれを見ようと歩き始めた。途中の商工会議所で鮎菓子祭りみたいなものをやっていたがもう半分終わっていたので少し覗いただけで退散。そこまででも思いの外遠かったので、諦めてバスに乗る。長良橋で下車。

橋を渡っていくと雄大な長良の流れ。最高~~とかそんな適当な気分になった。
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だだっ広いのだ。そのために、岐阜がこの川で成り立っている街なのだなと思わされる。
春の陽気でぽかぽかして、この大きな川がゆったりのどかに流れているのと合っていた。

長良川対岸から金華山を望む
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わかるだろうか、山の頂上に小さく城が見えるのが。
望遠で撮影したものが次になる。
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今からこれに登る(登ると行ってもロープウェイだが)。

鵜飼いの鮎漁の時期に出る船(これは観光客が乗る為のもの?)が繫がれていた。
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川原町なる、風情ある街並みの残る通りがすぐそばにあった。観光地図曰く「戦前のような風景」。好き。
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春爛漫の岐阜公園へ
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ロープウェイで山頂にある岐阜城
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頂上からは岐阜市街が見渡せる
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更に入場料を払って岐阜城に登ると、そこからの眺めは素晴らしかった。あんなこんもりとした山の頂上にあるものだから、四方に下の街が見下ろせるのだ。
春だからか霞がかっていて、長良川とそれが生んだ濃尾平野一面に広がる岐阜の街の民家の屋根に沈みつつある日の光がきらきらと反射していて、すばらしい景色であった。
この岐阜城はかつて織田信長の居城であって、ここで天下布武の宣言をしたらしいのだが、それに納得できるくらいには「国見」が出来た。天下が見下ろせる場所にあった。
技術が足らないせいでうまく写真で伝えられないのが残念である。
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帰路

帰りは「伊奈波(いなば)神社跡」なる興味深いものを地図で見つけたのでそれを見に行こうかと思い、山道を徒歩で下りようと思っていたのだが、想像以上に厳しい崖を下りなくてはならず、荷物も多かったのですぐに諦めてロープウェイを使って下りた。
そのロープウェイでのガイドで知ったのだが、板垣退助が刺殺され「板垣死すとも自由は死せず」という有名な言葉を残したのはここ岐阜公園なのであった。ということで板垣の銅像を軽く見たりしたが、すでにカメラの電池が切れていたので写真はない。

そのあとは東海道線で京都までまっすぐ向かった訳だが、岐阜でけっこう遊んでしまったので京都にまで辿り着くのは9時頃になってしまった。
だが、時刻表すら持たない思いつきでの旅行は面白かった。いつもは18きっぷをもつにしても、遠くまで行こうとするので予定を立てずに行くという訳にはいかない。
今日は京都に新幹線で行くだけで時間にとても余裕があったのでこんな旅が出来たのだ。
途中下車の旅はいいなぁ。

宿題