読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

土井晩翠「金華山より太平洋を望みて」の紹介

感想文

土井晩翠*1の詩の紹介です。
最近、世界各地でいろいろな事件が起きていますが、その報を聞く度になにかとこの詩の一節が心に浮かぶのです。
ですが、どうもこの詩はあまり有名ではないようで(長いですしね)、青空文庫にもなかったので頑張って入力してみました。

元にした本は岩波文庫の『晩翠詩抄』です。興味が湧いたら読んでみると良いと思います*2

この詩は『曙光』という詩集に収められていたもので、遠い欧洲で繰り広げられる第一次大戦の惨禍を歌っています。

金華山より太平洋を望みて


   世界大戦争の初まりし大正三年の十一月一日中島、林の
   両教授及び科学部員二十余人と共に金華山頂にのぼりて


     一


太平洋の秋の波を見おろす一千五百尺、
金華霊山(きんくわれいざん)頂の風わが思を遠く吹く。


「王城去りて一千里、王化洽き東奥の
山黄金(わうごん)を奉る」史上の声は遠けれど、
隔つる波の荒うして名山未だ人界に
広く知られず、神仙の府と想像の空にのみ、
たゞ雲霓(うんげい)の明滅を盲(めしひ)の思ふ如くして
此日此秋此年にわれ霊境の秘に参(さん)ず。


蓊鬱たりや千年の古木喬松枝しげく、
三峡の夜にあらなくに、哀猿耳を貫きて
森より鹿の立つところ時に潺湲(せんくわん)の水わたり、
喘ぎて上る羊腸の險路つくせば忽として
眸にうつる渺々の水か鏡か太平洋。


あゝ大(おほい)なる太平洋、
干潮満潮互いに月球の呼吸につれ、
大宇宙の荘厳の曲の一律洋々の
波浪と成りて帝国の岸を洗へる二千歳、
不死の仙郷、秦皇の夢見し処はたこゝか、
時劫の波は永く巻き、黄金国の名に酔ひて
西の海客潮分けしその春秋も遠ざかる。


さなり春秋遠ざかり時劫の波は捲きされば、
知は大塊のはてを窮め理は幻楼を砕きさりて
三山六驁(さんざんろくごう)跡なきもおほいなる哉太平洋。


赤道帯の南北(みなみきた)みどりの波の幾千里、
靺鞨の岸、黒竜の水入る処、寒潮の
烟に月の眠る処、貿易風の吹きあふる
暖潮に魚の飛ぶ処、時を同じく寒熱の
季節の変を幾何か巨洋の浪は眺むるや。


     二


日出づる国の東奥のこゝ今金華霊山の
天は正しく秋なかば、松の翠も満山の
紅葉(もみぢ)の栄も一斉に皆白帝の夜を語る。


青螺幾百、一湾の波しづかなる千松島
向ふ牡鹿の半島の山遮りて見え分かず、
こなた近くの群島の蔭、人は曰ふ、月が浦、
一葉むかし南欧の都をさしし門出(かどで)の地、
孤雲幾片(こうんいくへん)悠々の空に泛ぶを望みしや、
其地其波其雲はむかし乍らの秋にして。


あゝ襟正(えりただ)す粛清の秋の山また秋の海、
長く嘯き天梯を攀づるが如く恍として
大自然のふところに休らふものは我か人か、
主観客観混じとけて一切言句(いっさいごんく)の領を去り
塵骸しばし太清の秋の光に涵さるゝ。


     三


さもあらばあれ空間(くうかん)の薄膜(うすまく)裂かば夕陽の
落行く天の遠きあなた欧の中原(ちゅうげん)戦雲(せんうん)の
渦巻きわたる悽愴の姿、日月(じつげつ)また泣かむ。


痛ましい哉百年の禍永く伏す処、
欧の東南ボスニヤの雲蒸(む)す夏の六月の
空に運命の詛(のろひ)の手放ちし丸の響より、
西に東に大陸の表は修羅の市となり
天上はたまた轟雷を飛ばす数群の大怪鳥(けてう)、
海上ひとしく鋼鉄の百の妖鯨火を吐けり。
リエージ、ナミユル陥りてチユウトンの族二百万、
颶風のごとく霹靂を地上に駆りてあれ狂ひ、
ミユーズ、オアーズ、エーンヌの流れのほとり聯合の
軍(ぐん)大波の打つごとく、東方更にガリシヤに
スラブの強兵数百万、数も伯仲独墺の
大軍ひとしく雄叫びて進退怒潮に似ると聞く。


江流秋に咽ぶ時水は暗紅の悲か、
落月雲より覘く時呻吟の声たえ/\゛か
北地或は寒早く飛雷天地を巻く処
殺気大荒に漲りて砲烟こほりて散らざるか。


あゝ黄金の巴里の首府、満場綺羅の粧は
今悉く憂愁の色に包まれ文芸の
花も色なくうち枯れて只驚惶の影ならむ、
ノートルダムの聖塔は無惨の砲に傷つきぬ、
アンワリイドの墳の中百年の昔列国を
敵に運命試みし英霊何の夢結ぶ。
火山砕けて降る如き巨砲の猛威鉄塞を
微塵となしてベルギイの仮の都をつんざきぬ。
海峡のあなた大川の流れを帯びて儼として
豪富に誇るアルビヨンの大都も秋を感ずるや、
リンデン樹下の逍遙も今は見はてぬ夢のあと。


     四


遙かに思ふかんばしき「地上の星」の毒汁に
枯死する如く歴代の精を集めて培ひし
文化の華は戦乱のあらし忽ち吹き砕き、
秋万頃の豊かなる畑は屍体の収穫か。
天の光明共に受くる無数のやから「民族」と
「国」の名のため仇なくて仇と互に攻めにじり
炎々の火に白蠟の熔くるが如く消去るか。


榴散弾の雨の下、影も留めず砕け散り、
或は千仞蒼溟の底に白骨漂(さら)し去り、
或は利剣の錆となり或は星泣き月むせぶ
夜半に焼かれて青燐の寒きを残す牲(にへ)幾万、
中に紅顔の春の盛さうび恥じらふ色あらむ、
生立ち行かば一世の光たるべき導きも、
織らば錦繍の筆のあや、染めなば虹霓の影のにほひ、
或は学海底深く潜める真珠探る身も。


其兵乱のくるほひの魔界の暗に似る処、
泥土の中ににじらるゝ花の姿を思ひ見よ、
流弾目なく胎の子と共に斃るゝ母あらむ、
東西しらぬ幼子(おさなご)の四肢砕かるゝ惨あらむ。
逃るゝものも一切の宝を宿を失ひて
此厳霜の鞭に泣き此惨烈の飢に泣く。
それはた天か人界の正に受くべき運命か。


     五


運命爾(なんぢ)の神秘なる被衣(かつぎ)誰かは剝ぎとらむ、
東亜の空の運命の明日(あす)亦たれか測り知る。
大戦乱の一波瀾太平洋に伝はりて
渤海の岸青島に今皇軍の進む見る、
孤軍外より援なき要塞程なく倒るべく、
水は濃藍南洋の天、亦光る旗とばむ。
是より東洋日に多事に又甘眠の時あらじ、
轟雷未だ聞かずとも既に閃電の火は映る。


あゝ漫々の太平洋、波は隔つる三千里、
金門峡の星の旗閃く処秋いかに、
西の隣邦人ありて今同文の秘を知るや、
黒竜の水北辰の光は常にやさしきか、
恒河五天の夕ぐれの秋澄みわたるいつ迄ぞ。
機は風雲の変に似て形勢次第に推し移る――
其大局を玲瓏の心の鏡写し得て
経綸の策誤たず、二千余年の帝の邦
わが極東の光明を放て、――亜細亜の暗は足る。


     六


鳴呼霊山の頂の秋逍遙のわかき友、
その紅頰は豊かなる望の春の曙か、
来る東亜の運命を双の肩の上荷ふもの、
「列強の中、一流」の虚名に迷ふこと勿れ。
野人自尊の醜きを自らさらすこと勿れ。
爾の眼(まみ)を光明に開き世界に知を探せ、
黴(かび)と錆(さび)とを心より剣より拭へ、陋習の
朽ちしを棄てよ、新たなる酒は新たの器(き)に注げ。
迷夢久しく妄影の身にまとはるを斬り払へ。
深きに入るは精に因り聖きを知るはたゞ誠、
四海あまねく照すべき偉大の想と芸術と
科学となくば邦国の光栄遂に何の意ぞ。
心霊の力尽くるなくおほいなるもの我にあり、
起ちて世界の文明の潮新たに捲き返し
太平洋の朝波に新たの歌を呼ばしめよ。


     七


鳴呼金華山、千歳の昔に聞きし黄金は
今其胸に空しとも霊境永く霊ありて
無声の教登臨の子にとこしへに施すか。
感謝を受けよ、名山の鎮むる処東海の
此邦永く愛すべく此民永く頼むべし。


秋や漸く深うして今満山のくれなゐの
錦繍やがて雨と散り驚颷(きょうたん)空にうづまきて
万物悉く枯れ果つる其の惨悽の時去らば
春や再び回(かへ)らざらむや。
雲今帰れ碧海の夕、
風今睡れ青天の限(かぎり)、
落つる日五彩の虹霓を染めて
烟波夢むる遠きあなた
大円輪の影を隠すも
金波しづかに曙光に笑みて
光栄の太陽また明日(あす)を照らさむ。

七五調の調べが心地良いです。

実はこの文庫本の最後に載っている解説には、晩翠の詩は内容がないとかわりと酷評されているのですが、それでも、私としてはこういうものも好きです*3

……この歌は、遠い欧洲の戦争を思い浮かべて書かれています。ニュースで伝えられるものから推察したのでしょう。
世の中には戦争を実体験した人が残した文学作品が多数ありますが、戦争など想像の世界の中でしかない私には、このような想起のなかの戦争のほうが、身近に感じられるのかも知れません。
ニュースを聞いて得る、そのままでは言葉にならず消えていく感情が、このような歌の文句が思い浮かぶことで、形として認識しやすくなり、感じるのではないでしょうか。


「あゝ黄金の巴里の首府、満場綺羅の粧は/今悉く憂愁の色に包まれ文芸の/花も色なくうち枯れて只驚惶の影ならむ。」
今や巴里の街は非常事態宣言のなか、武装した警官がそこらじゅうに立って目を光らせているとか聞きます。

他にも世界では、テロ事件であったり、内戦であったり、国同士の諍いであったりと、それでたくさんの人が日々死んでいることが伝えられます。

「機は風雲の変に似て形勢次第に推し移る――/其大局を玲瓏の心の鏡写し得て/経綸の策誤たず、」
この詩もそうですが、第一次世界大戦の間や後、欧洲の悲哀を目の当たりにして、我が国も一歩間違えたら同じ目に遭ってしまうという危機感、そうならないようにしなければならない、という意見を表す文が書かれました。

そしてそういう文章を読むにつけ、その後の第二次大戦、日本帝国の破滅を知るものとしては苦しくなる訳です。
どうしてああなっちゃったんだろう、……「お疲れ様会」ですね。

でも、戦争は当事者でないほうが理性的に見られるものだと思います。
復習の思いに駆られれば、普段なら見えているはずのものも見えなくなるでしょう。
日本は直接戦争に参加している訳でもなければ、日本でテロ事件が起きている訳でもない、「他人事でいられる」今のようなときこそ、冷静に考えることのできる好機だと思うのです。


…………なんか政治批評みたいなものを書いてしまいました。失敗。
「この詩はいいですよ」と紹介するだけなのに、「なんで良いと思うのだろう」と変に理由を考えてしまったのがいけないですね。
それこそ「ガルパンはいいぞ」みたいにいっておくだけのほうが良いのかも知れません。

――「列強の中、一流」の虚名に迷ふこと勿れ。

*1:一番有名な作品は「荒城の月」だと思います。

*2:どこの本屋にも置いてあるというような本ではありませんが、少なくとも今調べた限りではインターネットでも入手できそうです。

*3:いかにも旧制高校生が好みそうとかも書いてあってまさにその通りという感じ