ことのは日記(2): エスターライヒ

連載企画「ことのは日記」は、日常で見て気になった、調べてみて面白いなと思った言葉や表現を紹介していく企画です。

第二回の今日は「エスターライヒ」です。




今日はアニメの話。

Re:CREATORSレクリエイターズ)というアニメを覚えているだろうか。
アニメについて語るときに「覚えているだろうか」、なんて語り起こすのもなんだかなとは思うが、単発アニメだと忘れ去られてしまいやすい時代であろうと思う。

Re:CREATORSは、次元の衝突的な何かで現実世界に迷い込んでしまったアニメやゲームといった創作物のキャラクターと戦ったり交流したりしながら最後は大きな目的のために戦うお話だ。広江ひろえ礼威れい(代表作:『BLACK LAGOON』)原作ということで、結構硬派なやつだ。
私は普段「美少女動物園」とか揶揄されるようなタイプのアニメばかり見ているのでこういうのはあまり見ないのだけれど、第一話のいかにも「アニメーションしてる」と思える映像に惹かれて見始め、毎週楽しみにして最後まで見てしまった。

さて、このアニメにはメテオラさんというキャラクターが出てくる。元はゲーム“追憶のアヴァルケン”に出てくる図書館の司書にして「万理の探求者」で、最初から最後までずっと主人公その他をブレインとして助けてくれる、やたら堅い言葉で語るお姉さんである。
私のお気に入りキャラなのだが*1、このメテオラさんが突然語り始める総集編の第13話、メテオラさんのフルネームが出てくる*2
メテオラ・エスターライヒ(Meteora Österreich)だ。

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メテオラ・エスターライヒさん(公式サイトより)

「『エスターライヒ』なんて苗字全然聞かないな」と思い調べてみると、面白い事実が。
エスターライヒ(Österreich)というのはオーストリアのドイツ語での呼び名なのであった。
Öster(東)+reich(国)で「東の国」。オーストリアは東の国なのだ。

日本では英語読みの「オーストリア」で呼ばれるからよく「オーストラリア」と間違えられるけれど、オーストリアはドイツ語の国(広義のドイツ(大ドイツ)の一部なのだが、ドイツ統一の時の色々で他のドイツとは別になり、ナチス時代にドイツと合併アンシュルスしたけど敗戦して再び別れたという歴史的経緯の塊である)。ドイツ語のÖsterreichとAustralienでは見た目も発音も全然違う*3

さらっと「英語読み」なんて言葉を出したけれど、そう、ヨーロッパの地名や人名は言語によって異なる綴り・発音になることがよくある。
高校の世界史の授業で「神聖ローマ皇帝カール5世はスペイン王カルロス1世でもあり……」なんて出てきて最初は驚いたが、こういうのは日本人の私から見ると直感的には全然関係なさそうなものが繋がっていたりして面白い*4。ということで、この連載記事ではおそらくこの「○○語読み」の話が頻出する。
そして今回もその話である。

そして、メテオラさんと「繋がっている」のはこのお方、『境界線上のホライゾン』よりアンヌ・ドートリッシュさんだ。

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アンヌ・ドートリッシュさん(Bookliveの『境界線上のホライゾン III・中』の書影より)

……「今日はアニメの話」と書き起こしたけれど、アンヌ・ドートリッシュさんはまだアニメ版に登場していない。劇場版でもいいので早く続きを作ってほしい。

境界線上のホライゾン』は学園戦国ファンタジー。未来世界の人々が過去の歴史の人物になりきって歴史を再現する、というある種世界全体が演劇であるようなお話である。全員ではないのだが、キーキャラクターの多くは史実の人物の名を名乗り、役割を果たしている。

アンヌ・ドートリッシュさんもその一人。
対応する史実の人物はそのままアンヌ・ドートリッシュ、ルイ十三世王妃である。

では、この子(あるいは元ネタの女性)がどうメテオラさんと繋がっているのか。

アンヌ・ドートリッシュ(Anne d'Autriche)はフランス語での名前だ。
それがドイツ語だと、アンナ・フォン・エスターライヒ(Anna von Österreich)になるのだ。

そう、実はフランス語のドートリッシュ(d'Autriche)はドイツ語のvon Österreich、英語でいうとof Austria、つまり「オーストリアの」にあたるのである。
フランス語にはエリジオン(élision)という規則があり、de + Autricheはくっついて d'Autriche になる(特定の前置詞の後に母音かhで始まる語が来ると前置詞の母音が欠落する)。
「ド・なんとか」といってくれるといかにも貴族の苗字っぽいとわかるのだが、これだと少し分かりづらい。

という、「実はメテオラ・エスターライヒさんとアンヌ・ドートリッシュさんはどちらも名字に『オーストリア』がついていたのだった。びっくり」が、今日書きたかったことである。2年くらい前に気づいて、そのときは結構びっくりしたのだ。
が、もう少しだけオーストリアについての話を続けよう。

完全に創作であるメテオラさんの名はともかく、アンヌ・ドートリッシュに何故「オーストリアの」なんて名字がついているかといえば、彼女がハプスブルク家の生まれだからである。
この時代は政略結婚が基本。彼女はフランス王に嫁いできたスペイン王の娘だ。

歴史の教科書ではふつう「ハプスブルク家」と呼ばれているけれど、ハプスブルク家の別名として「オーストリア家」がある。オーストリア大公*5をずっと世襲している家系であることによる(ヨーロッパ貴族の「ド・なんとか」「フォン・なんとか」に続くものである家名はだいたい領地の名前だ)。

ハプスブルク家といえば、去年から今年にかけて上野の国立西洋博物館で「ハプスブルク展」が開かれていた*6

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ハプスブルク展の看板。右の絵はこの展覧会の目玉の一つ、ベラスケスによるスペイン王マルガリータテレサの肖像なのであるが、この絵は彼女の許嫁であるオーストリアのレオポルト(後の神聖ローマ皇帝オポルト1世)に、「こんな娘が嫁いでいきますよ」という趣旨で贈られたものらしい。言われてみればスペインとオーストリアを行き来するのは確かに大変なのだが、お互いに会ったことのない許嫁とはなかなかに時代を感じる話である。

ウィーン美術史美術館に収められたハプスブルク家の集めた至宝を公開するという趣旨のこの展覧会は、オーストリアと日本の国交樹立150周年記念ということで行われたものである。
国交樹立150周年を祝ったのは芸術界だけでなく、政治界でも日墺首脳会談が行われたりしている。
少し面白いのは佳子さま(佳子内親王殿下)のオーストリア訪問で、このときにハンガリーにも訪問されていることだ。

「国交樹立150周年」の起点であるのは「日墺修好通商航海条約」が結ばれた西暦1869年。
この頃のオーストリアは「オーストリアハンガリー二重帝国」。つまり日本とオーストリアとが国交樹立150周年であれば、同時にハンガリーとも国交樹立150周年なわけである。

そんなわけで私は国交樹立150周年をめでたく感じていたのだけれど、最近知ったことにはその「日墺修好通商航海条約」は日本が当時西欧列強と結んだ不平等条約、その集大成とでもいえるものであったらしい。
不平等条約の改正に明治の時代をほぼ丸々費やしたと聞くと、なかなか素直に国交樹立を喜んでいいものかしらという気にもなるけれど、最初の目的がなんであっても交流というものは続けるとたいてい良いものである。
過去にはいろいろあったし、過去を見るのも楽しいけれど、共に笑える明るい未来を期待したい。

*1:私はこういう頭がよさげでちょっと生意気なキャラが大好物である。最近ではマギレコの里見灯花ちゃんや柊ねむちゃん、プリコネRのユニちゃんとか。

*2:ここでの新情報ということではなく、きっと公式サイト等には前から書かれていたのだろうけれど。

*3:ちなみに「オーストラリア」はラテン語で「南の地」を意味する terra australis から来ているらしい。東と南では大違いだ。

*4:もちろんこれはヨーロッパに限った話ではなく、例えば中国の武漢を日本語では「ぶかん」と読むが中国語では「ウーハン」のような発音になるなどというのがある(しかも漢字で書かれる文物のほとんどにあてはまるだろうから数は莫大)のだが、漢字文化圏では音が違っても文字では同じなので、漢字で書かれる限りはあまり違いが表に出ない。

*5:「大公」(Erzherzog)というのは「皇帝」「王」のような君主の称号である。王(König)よりはランクが少し落ちる。近世、オーストリアは大公の治める「オーストリア大公国」であった。

*6:私もお正月は帰省で東京にいたので見に行った。