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Airに寄せて

ニコニコでのAirアニメ版一挙放送のタイムシフトを見終えたので。
今の思いの幾分かをあらわすかけらを形として残しておくために。



こうして鍵盤を打って出てきた文字にしてしまうと中性化してしまう気がしたので、さっき喫茶店で書き殴ったものをそのまま載せておきます。
例の如くネタバレしかないので話を知らない方は閉じて下さい。

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ちょっと冷静な離れた目から見ると、よくできたアニメだなぁとか思えることもあるのです。
第二話あたりの時点で気付いたら夏のあの村の空気の中に入り込んでいるのです。
あの、幼い日の、夏休みの空気の中に……


でもそんなのはどうでもいいのです…… 主観的感情で十分です。


涙を流すような物語を読んだ、観たあとにはだいたい情緒不安定になってノートに萬年筆で心情を吐露する癖があるのですが、なにかしら昔読んだものが頭に浮かんで、それでいろいろ考えてしまいます。
さっき思い浮かんだのはマルテの手記の一節でした。正確にはそこに引かれたボードレールの詩。
「そして、爾、主なる神よ、ねがわくは聖寵を授けたもうて、佳き数行の詩を僕の手にならしめたまえ。せめて僕が人間最末の者ではなく、僕の侮蔑する人々よりも更に劣れる者でないことを、僕自身にあかしする態の数行の佳き詩を書かしめたまえ」
前はこれに共感したものでした。
でも、この劇をみたあとには、そんなのは欲張りに過ぎたと思えたのでした。

人間最末であってなにが悪かろうか。
喜びの内に生きていれば十分ではないか。
それ以上、自身が特別であることをどうして願う?
承認の問題かも知れないけれど、自分が特別な能力を持っているからと承認してくれる人のなにが嬉しいか。

そういうことなのではないか、と。
それがいまの思いです。